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「事業がわかるエンジニアがいない」

単純に仕事の用事なのですが、俗に言う経営層と言える立場の方々にヒアリングする機会が増えたことで、とあるセリフを頻繁に耳にするようになりました。

「事業の話ができるエンジニアがいないんだよね。本当に困りますよ」です。

これは僕が事業の話をできるとかそういうことを言いたいのではなくて、各社の経営層の切実な想いであり1つや2つの組織で聞いた発言ではなく、あらゆる組織で耳にする強烈なペインであると言いたいんです。

本当に、文字通り、全ての組織でこの発言を聞きました。

僕個人としては、「え?そうなんですか?結構いると思いますが」って当初反応してたんですよね。何故なら、自分の周りには幸い「技術にだけ興味があるエンジニア」が少ないからでして、彼らがそこまでの切実さで何を求めているのかはっきりとわかっていませんでした。ただ、僕も諸事情あって彼らと似たような視点を持たなければいけない状況になり、この発言の理想と現状のギャップに対して少し考えを巡らせることになったので、自分なりの考えをまとめます。

エンジニアは事業をどう捉えているか

まずエンジニア側からすると「比較的自分たちは事業のことに興味を持っているのに、それを正当に評価してない経営層が悪いのではないか」と思う人もいると思います。その考えには僕も共感しますし、そう思ってました。しかし、これには認識の齟齬があります。

経験則と照らし合わせると、おそらく事業を進めるに当たって4種類のコミット方法があります。

  1. 技術特化で成果を出す
  2. チーム内の改善、UX改善の提案・実装にコミットする
  3. 他部署を巻きこみプロジェクトを推進できる
  4. 経営ビジョンを加味した技術選定、組織編成、戦略決定ができる

お分かりかと思いますが、テックリード職などにならない限り、原則として立場が上がれば自然と1から4のロールを順に担なっていく構造になることかと思います。(担えるポテンシャルがあるから立場が上がるんだし、鶏と卵では、というツッコミがあるかもしれませんが、目を瞑ってください)

そして、自己と他人からの評価のギャップが最も大きくなりやすいのは2です。改善提案をしているのにそのインパクトが小さいせいで、実労力に比して評価が得られないという構造になりがちです。

ただ僕も不思議だったのは、3にいるエンジニアですら「事業がわかる」エンジニアとしての評価を得られないケースがあると言うことです。ユーザーにいいものを届けたいし努力をしているつもりだけど、膨大な負荷がかかっているし経営層は何もわかってくれないということで、奥歯を噛み締めながらその場を乗り切っている方は少なくないのかな、と思います。

経営層が言う事業がわかるエンジニア

じゃあ、経営層が「事業をわかってくれる」と見做すのはどこかといえば、ほぼ間違いなく4です。

そして、もちろん実行力も大事なのですが、彼らとの共通言語を持った上で会話ができる、具体的には採用方針を考えたりビジネスの状況を踏まえた塩梅での技術選定をしたり、さらには企業の将来像を共に議論するというある種の机上のフェーズですら、彼らは欲して止みません。それさえできれば多少の評価が得られるというのが、隠れた事実のように感じています(もちろん、それが良いとは言ってません)。視座が4にあるだけで相当な評価を得られるということですね。当然議論してるとしばらくしたら人事や社内管理、事業のブラッシュアップ、営業など、全ての方面で駆けずり回ることにはなるのですが。

そして最たる問題は、そのような共通言語を持った人がほとんどいないと彼らに認識されていそうなこと、あるいは本当に少ないであろうことです。

彼らがそういう人物像のエンジニアを求める理由は、おそらく2つあります。

  • エンジニアは大変扱い辛いと感じるから
  • 技術が絡む意思決定を一緒にやって欲しい、頼りたいから

です。

まず1つ目の扱いづらさについてです。プログラマの三大美徳なんていう言葉がありますが、あれを組織の、特に経営層に近い場所でやられると事態がこじれます。職人としての美徳とビジネスマンとしての美徳が時に両立しないからです。他人との対話をより多く必要とする後者の美徳を追い求める場合、前者の職人としての美徳を一時かもしれないとはいえ諦めないといけない場面は出てきます。

となると、自らのキャリアに集中したい、技術力への危機感がいい意味で強いエンジニアであればあるほど例の三大美徳に殉じた方が技術者として成長するし、それで評価を獲得できる会社に転職するのが良い、となります。そして経営層からしてもそういうタイプの人だと同じレイヤーで議論をしてくれることへの期待値が高くないので、自然と「事業をわかって」くれないタイプだと見做して配置換えを行います。全てではないですが、こうした負の循環によって過剰にテックリードがいる組織が僕の頭にぼんやり浮かぶことがあります。

次に2つ目の頼りにしたいという気持ちについてです。こっちの方がタチが悪いと思っています。なぜならお互い善意で動いているはずなのに不幸になっているわけですから。

「優れたエンジニアは汎用的な問題解決能力が高く、その能力を是非とも経営でも生かしてほしい。あとは興味を持ってくれる人がいるかどうかだけなんだ…」という意見を経営層が漏らすパターンはこっち寄りです。そしてあくまで個人の嗜好性の問題なので、解決難易度が非常に高く、共通解も存在しません。1つ目の問題のように配置換えで多少解決できることではありません。

以上のような理由から、経営層はエンジニアにも「事業をわかって」欲しいと思いながら、その期待値を高く設定することができずにいるという印象を受けました。

個人的な考え

これらの評価ギャップに対して解決に取り組むのがいいだろうとずっと考えていましたが、やっぱりエンジニア側が歩み寄る他ないと思っています。そして、特に先ほど書いた嗜好性の問題で不幸になっている状況を変えるには、エンジニアである僕ら自身が「過剰な危機感を捨て去り」、「目標とする人物像への多様さを獲得する」ことの2つによって解決される、と推測しています。

まず「過剰な危機感」についてですが、これは「技術以外に気を払うとエンジニアとして大成できないのでは」みたいな危機感を指しています。

僕は何も偉そうに言える立場にないのですが、多少のマネジメントなどをやってみて思ったのは、組織戦略を考えたりお金をちゃんと稼ぐと、逆に自分の技術を追求したりよりマクロな視点での技術選定を考える余力が増えるということでした。実は技術者としての成長余力を増やす最も効果的な方法は、技術を捨てる勇気を持つことなのではないか、という仮説です。

また、この問題は技術トレンドによって助長されている部分があるのではないかとも思っています。俗にいうフルスタックエンジニアという言葉、今は揶揄されていますが、前は結構尊敬を集めていたと思うんですよ。あれはいいことも悪いこともあったと思っていて、単一の技術で全部の問題を解決するのは現実的に無理だし、興味分野が広く浅いと大成しないのは間違い無いんですが、事業も含めて「ものづくり」への意欲を高めてくれた言葉だと思います。

いつしかフルスタックから専門分野ごとに分化した技術の学習に回帰し、フロントはフロント、バックエンドはバックエンド、中でもインフラはインフラというように、個別具体的な技術を追求することの方が重要になってきたように思います。それは組織の細分化に伴う責務の分割や専門ごとの技術の洗練度が高まったことなど、いろんな要因があると思います。ただ、そのような技術トレンドの結果、エンジニアの関心範囲が限定されやすくなったのでは?という仮説を持っています。

そして「目標とする人物像への多様さ」を獲得するということですが、これはエンジニアとしての目標を幅広にすれば問題を解決できるのではないか、という意見です。

私ごとなのですが、mitchellhが大好きなんですよ。HashiCorpを創業してフルリモートの組織を回して利益を出し、今なお作り続けるOSSは驚異的なまでに広い問題に適用できてコードの質も抜群にいい。しかもそのソフトウェアは小さなモノではなくVagrantやConsul、Terraform、さらに細かく見ればHCLとかの著名OSS。神はステ振りを間違えたのかと思います。

何がシビレるって、そんな人のTwitterのbioの冒頭に「Founder of @HashiCorp」って書いてあることですよ。あくまで組織の代表としてのペルソナが彼の最重要項目であり、エンジニアとしての項目はその次。それであの成果ですよ。かっこいいよなあ。

そういう天がN物を与えたような人が好きなので、「ソフトウェアエンジニアとしてどうなりたいですか」みたいな質問をされると、「ソフトウェアエンジニアじゃなくてもいいって思えるくらいになりたいです」って答えをせざるを得なくて、周りのエンジニアのようになれないなと思うと少し寂しいです。

学生の頃は良くも悪くもみんな一発当てるぞと奮起し、Y Combinatorの今回のピッチはすごかった!あのTechCrunchの記事は読んだ?このフレームワークなら早くプロダクトがリリースできそうだよね!ポールグレアムの発言をなぞりながら、ちゃんと自戒を常に持っていいスタートアップを作りたいよね!早くたくさんのユーザーが喜ぶプロダクトを作りたい!なんて、ミーハー根性丸出しで熱く話していたあの頃のみんなは何処に行っちゃったんだろうと思うと、ふと悲しい気持ちになることがあります。

閑話休題。エンジニアとしての目標を聞かれた時、僕の周りでは「Xさんのように有名なOSSを作る」「数年後にアイビーリーグやそれに準ずる大学に留学したい」「海外の企業で有名OSSの開発元に就職し、そこで評価される人間になる」という方が多いです。すごいなあと思う一方で、経営層としてコミットするとか、事業を創ることへのコミットを目標や個人理念に掲げる人が少ないという肌感はありますし、多分間違ってないと思います。

そうした目標が間違っているなど口が裂けても言えないですし、単純に僕の嗜好にこそ偏りがあるだけです。それでもやはり、「事業がわかるエンジニアがいない」と嘆く経営層をみていると、なんとかそこに歩み寄るべく自分たちのあり方を考えるべきなのでは、と考えずにはいられません。

冒頭に書いた通り僕もエンジニアの人以外とも積極的に絡むことが増えて彼らの意見を聞くにつれ、やっぱり事業の話を一緒に楽しくできる人と仕事をしたいという感情が日に日に強くなっていることを自覚してます。特殊技能でもなんでもなく、技術に少しだけプラスされた好奇心によって生み出されるはずの嗜好性を失わずに青臭く事業を作っていく。そういう人と仕事がしたい、と。

そしてエンジニアが持つ最大の、そして意味のない不安は、この種の便利屋みたいな人間のキャリアパスは未確定要素が多く落ちぶれてしまうのではないか、ということです。しかしこれは間違っていて、短期的に見れば給料が落ちても、長期的に見れば大体普通のエンジニアリングマネージャー的な人の2倍から3倍近い金銭的なオファーと、楽しい意思決定がセットでついてきてます。もちろん極端な例かもしれませんが、報酬の天井がぶっ壊れていて正直この隠れた事実を知らなかったことが怖くなるくらい、「事業がわかるエンジニア」の評価は高いです。

僕の持っている仮説にはバイアスがあると思いますが、もし少しでも同じように感じる方がいれば、どんな形でもいいのでお話させてもらえたら嬉しいなと思います。気の合う友達が欲しい、的な話です。Twitterによくいるので、雑に絡んでもらえたらすぐ返信しますし、この記事に少しご意見を下されば、僕から突撃することもあるかと思います。邪険に扱わないでもらえると、傷つかないので助かります。よろしくお願いいたします。